昔に比べてパスが下手になっている
吉村氏が来日した当時に比べれば、日本サッカーのレベルは間違いなく向上している。だが、細かい部分をチェックすると、むしろレベルが落ちてきているところもあるという。その問題の箇所は、キックがうまくできない点だと、吉村氏は指摘する。「普段から、狭い空間で、正確さを意識せずに足先で“ポン”とボールを蹴っている。だから、広いグラウンドでけったときに、ミスがポロポロ出てしまうんです。ボールを遠くまでけれないし、遠くまでけれても、コースをコントロールできない。細かい技術は本当に上手なんですよ。
「全国コーチ訪問 吉村大志郎」『サッカークリニック』ベースボールマガジン社 1996年1月号108頁
この記事を読んだとき、にわかに信じられなかった。競技人口が少なかった時代よりもキックの質が落ちているなんて。しかし、いろいろな記事を読むと、昔の選手はキックの質がかなり高く、今はキックの質があまり高くないというのは正しいようだ。
最近の高校生選手を見ていると、確かに個人技術の伸びが認められる。足元でボールをこね回すような技術は、昔に比べて今の選手の方がはるかにうまい。また、次にどんなプレーをすれば最善の策であるかを瞬間的に判断する状況判断能力も備えている。だが、ボールを正確にける、正確に止める、あるいは膝から下をムチのようにしならせ、低い弾道で勢いのあるボールをけるといった本当の基本の技術は、20年前の藤枝東のほうがしっかりできていたように感じる。このことは、前・浜松西高の監督で、現在は藤枝東でコーチを担当してくれている池谷孝さんともよく話し合っている。池谷コーチも同じ印象を受けているということなので、私一人の思い込みではなさそうだ。昨年、U−15のトレーニングを見学にいったときも、「日本代表に選ばれる選手のなかにも、まだ基本技術でしっかりできていない部分があるな」と感じた。U−15の須藤監督と私は同い年だが、練習後に話をしていると、須藤監督も何かを感じとっているものがあるようだった。
「藤枝東高校サッカー部 服部康雄監督に聞く パスサッカーへの取り組み」『サッカークリニック』2003年6月号、12、13頁
元日本代表の宮内聡成立学園総監督。
「僕らの時代に比べて、確かに技術面はうまくなっていますが、キックの飛距離とかスピード、正確性という部分はまだまだ足りない。インサイド、アウトサイド、トゥキックと、キックの種類を身につけることも大事でしょうし、そのなかで特に口を酸っぱくしていっているのがインステップキックなんです。インステップで強く速いボールを蹴る。これがすごく大切だと思いますね」
ここでいうインステップキックとは、ボールの中心を足の甲でとらえる一般的な蹴り方ではない。立ち足の踏み込みを通常よりややボールから離して、蹴り足を斜めにする。ボールの半分より下をインパクトし、逆回転を与えるキックだ。「サイドチェンジのときに、この技術が使えれば、すごく有効だし、ボールを蹴ることが楽しくなると思うんです。ワンタッチコントロールも大事です。だた、極端な話、多少ボール扱いがヘタでも周りを見て、いい判断をして、正確なキックさえできれば、サッカーはできる。世界的に、キックを武器にしている選手は多いですからね。ボールの半分より下の部分をインステップで蹴れば、逆回転がかかって飛んでいく。そういう感覚とかいうか、コツをつかんでほしいんです。高校になれば力もついてきて飛距離は伸びていきます。だから、中学生のうちに蹴り方をマスターしておこうよ、と。そう強調しながら、今、練習をやっているところなんです」「6年間の一貫指導で、トップレベルの選手へ 成立学園高サッカー部」『サッカークリニック』2004年12月号、11頁
クラマーがやってきたときには5〜6回しかリフティングができなかったという杉山は、当時の代表選手たちは、ボール扱いの技術はなかったが、止めて蹴るということに関しては現在の選手よりも正確だったという。 ジュビロ磐田スーパーバイザー時代の杉山に話を聞くと、同チームの服部年宏を例に挙げ「10本中、何本正確なクロスが飛ぶか……」と嘆いた。杉山は日本代表での練習を、こう振り返った。
「トップスピードで駆け上がって、ニア、フォア、といろんなクロスを上げる。釜本はそれに対して喰らいついて、杉山はしっかりそれに合わせろと、ね。もう、合宿はふたりの特訓でね、毎日200本くらいやらされた」「メキシコオリンピックの当時と比較して言うなら、現代の選手はなぜ単純なことを正確にできないのか、と。われわれは技術がありませんでしたから、そのかわり単純なことは正確にやりました。今は明らかに技術が上がっている。ボール扱いはうまくなっているのに、Jリーグを観ていてもミスが多いですよね。これはよく分かりません」
東京、メキシコを駆け抜けた黄金の足 杉山隆一からアテネ世代へのエール
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/athens/column/200408/at00001657.html
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/athens/column/200408/at00001658.html
メキシコ五輪世代より少し後の世代であるモントリオール、モスクワ、ロサンゼルス五輪予選代表の前田秀樹の供述。
前田には、忘れられない思い出がある。当時、千葉県・検見川グラウンドで行われていた代表合宿。ボールまわしに2組を作るが、独特のオーラが近寄りがたくて世界のカマモトはなかなか2人組になれていない。いつも最後は一番若造である前田が組むことになっていた。緩やかな傾斜のあるグラウンドでボール蹴りが始まる。緊張のあまり、前田の蹴ったボールはついつい逸れてしまう。緩やかな勾配をコロコロと落ちていくボール。釜本は絶対に自分では取りにいかなかった。「すいませんッ」 失敗するたびにボールを追いかけて土手を下ってはまた登る。ほとんどイジメに近い特訓である。「いや、違うんですよ。パスの精度を高めないと国際レベルでは通用しないよ、アバウトじゃダメだよと、そういうことなんです。メキシコの人たちはレベルが高かった。でもそれ以降は、うまい人とそうでない人の差が、ピッチの中にハッキリとあった」
三好えみ子「サッカー五輪予選 暗黒の24年史」『sports yeah!』2004年4月8日号、65頁
釜本が若手だったときは、逆の立場だった。
そんな工藤が厳しく接した八重樫は、自らが教える側に立つと、工藤と同様の厳しさで後輩たちを鍛えた。かつての日本代表イレブンがよく口にするのは、30メートルぐらいの対面パス練習の時、コンビを組んだ八重樫に出したパスが1メートルでも中心からずれると、そのボールは決して追わなかった、ということだ。 「いやいや、あれは条件によりけりなんです。ぼくがパスを受けた時に、相手が釜本だとしますね。釜本が、ぼくが蹴ったボールをすぐに蹴り返してくる。そういう時にブレるパスというのはね、ミスパスじゃないんです。あるレベルからあるレベルへ上げようというその時に出てくるパスは、ミスとは言わない。そういう時は捕ってあげる。あいつがもっと新しい蹴り方を覚えようとした時に、そういう蹴り方をしたらボールがブレた。それは捕ってあげるんです。ただ、十分な時間をもってね、狙って、蹴りますよと言って蹴ったボールが、僕の真ん中へ来なかったら、これは集中力の欠如だから、それは捕らない。それは凡ミスっていうんですよ。凡ミスは、なくさなきゃダメなんです。相手が強くなればなるほど、凡ミスは命取りになるから」
合宿で選りすぐられた代表同士、練習でプレーのレベルが上がると、同時に要求もどんどん高度なものにしていく。 「低いところで妥協していられない。特に杉山とか釜本とか、あんな能力のあるやつが、いちばーん下でヘイコラヘイコラしてたって、日本は勝てないんだから。そこが(ずれたパスを追わないことの)いわれです」
「伝説のキャプテン」八重樫茂生 第2回 傷だらけのプレーメーカー、その足跡(1/3)
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/athens/column/200408/at00002135.html
わりと最近の世代である元Jリーガー高木健嗣(G大阪ユース━G大阪━鳥栖━引退)から見た昔の選手たちのパスの精度。
釜本さんと一緒にやってたヤンマー(現セレッソ大阪)の人達がみんな
「釜本さんは誰よりもボール蹴る練習してた」って言いますもんね。
その時代のヤンマーの人達ってみんなキックうまいんですよ。
副島さん(現桃山大監督)、楚輪さん(現YKK監督)、上野山さん(現ガンバ大阪育成部長)などなど・・・。
釜本さんと2人でボール蹴ってたって言ってました。蹴ったボールが50センチでもズレたら、釜本さんはとってくれないんです。
だから蹴ったボールが50センチずれたら、30メートル先の釜本さんのさらに30メートル先までボール取りにいかないとダメなんですよ。
僕も、釜本さんや上野山さんとボールを蹴って上手くなりましたね。かなり、走ってボール取りに行きましたけどね(笑)世界のストライカー釜本邦茂氏
http://www.copamag.com/CL/clm_july.html
ちなみに副島博志がセレッソ大阪の監督をしていたときに、セレッソの選手の技術についてこんなことを言っている。
本来はプロのチームなんだから、個々の細かいテクニックは完成されてチームに入ってくるはずなんですよ。だけど、実際には細かい簡単な部分でさえ、まだまだ教えなければならないことが多い。攻撃で2対1の形を作ったとします。丁寧にインサイドを使ってワンツーを通せば、簡単に突破できる。それなのに目立つのは、ボール保持者が相手を引きつけてアウトサイドでチョコンと突っつくケース。アウトで突っつけば、ボールは前方に滑っていくんだから、わずかな誤差でもチャンスが消えてしまうんです。ジーコはよく言ってましたよ。パスを出すキックの選択肢がいくつかある場合は、必ずインサイドキックを使え、って。ボランチのサイドチェンジにしても、ワンステップで僕でも50メートルくらいいけるのに、30メートルくらいしか蹴れない選手がいる。これだとパス1本で済むところが3本も必要になってくる。
加部究「副島博志[セレッソ大阪監督] 戦術的な理論のパーフェクトな把握。それが僕のベースです。」『季刊サッカー批評』2000年、issue08、14頁
クラマーの指導
東京、メキシコ五輪世代もクラマーが来日するまでは、それほど基本の精度にこだわっていたわけではない。
八年まえ、西ドイツのプロ・サッカーコーチ、クラーマーさんを日本に招いたときのことだ。関係者すべてが、クラーマーさんに大きな期待を寄せていた。サッカーの先進国、西ドイツから一流のプロコーチが来たのだから、そうとう高度な戦術を伝授してくれるにちがいないという期待を、われわれサッカー関係者がいだいたのも無理はなかろう。
ところが、この期待はみごとに裏切られてしまった。グラウンドに立ったクラーマーさんは、全日本の選手たちを前に、まずボールの蹴り方を教えはじめたのである。ボールを蹴る場合は、蹴り足の足首をしっかり鉄のように固定して、わずかでもぐらつかせてはならないということであった。これはサッカーのイロハで、選手なら、だれでも知っている。
グラウンドの周囲で、この光景を見守っていた関係者のなかには、不満の色を示した人も少なくなかった。こんなあたりまえの話をきかせてもらうために、高いお金を出して来てもらったのではない。世界でも一流のリアル・マドリッドやマンチェスター・ユナイテッドといったチームにも通じるような、高級な技術と戦術を教えてもらいたいという考え方が多かったからだ。
しかし、クラーマーさんは、こうした周囲の雰囲気に気づかぬように、八重樫、杉山といった一流プレーヤーをつぎつぎにひっぱりだして、ボールの蹴り方を練習させ続けた。翌日、きょうは少しはましなことを教えてもらえるかもしれないと集まった関係者の前で、クラーマーさんはまたもや、ボールの蹴り方を教えるのだった。関係者のなかには、クラーマーさんのやり方に疑問を持つ人がふえていった。だが、クラーマーさんは、根気よく、ボールを蹴ることをはじめとして、基本的プレーを、いちいちみずからやって見せながら教えこんでいった。ミーティングのたびにクラーマーさんは、「私は、日本にサッカーのベースを作るためにやってきた。ベースのないところには、なにもできない。しかし、ベースさえできればなんでも可能だ。サッカーとはそういうスポーツなのだ。」とくり返した。
最初は半信半疑だった選手たちの顔が、しだいに真剣味を帯びてきた。日本の一流プレーヤーとうぬぼれていた自分たちが、基本技ひとつ完全にマスターしていないことを、あらためて思い知らされたのである。不信感が信頼感に変わるのに、そう時間がかからなかった。クラーマーさんのコーチにしたがって、われわれは、初歩から一つ一つ、基本的技術を習得していった。そして、メキシコで日本チームは、銅メダルを獲得することができたのだ。私たちはこの入賞によって、はじめてクラーマーさんに、お礼ができたと思っている。
ある程度のプレーがこなせるようになると、一足とびに高度なことをしたがるのは人情である。しかし、より強いチームを育てるには、一 見平凡な基礎技術を夢にもおろそかにできない。
長沼健『チームプレー』光文社、1969年、74、75頁
私は日本にサッカーのベースを教えにきたと言い、日本代表選手にサイドキックを最初から練習させた。蹴り足の足首を完全に固定することを徹底し、サッカーの初歩から教えたのだ。ボールと足の内側の当たる面がぐらついては、正確にボールを蹴ることができない。ほんの少しの緩みがあっても、時速70〜80kmのボールを正確にコントロールすることは不可能だ。ボールが当たる瞬間に足首が緩めば、5mで50cmのパスのずれは、30mで3mの違いに拡大していく。クラマーの目から見ると、日本代表選手もサッカーの基本技術を完全にマスターしていなかったのである。
八重樫にとってもプロコーチの理詰めの指導は、緊張の連続であり集中を切らすことなく続いていたのだ。クラマーの練習は一つずつ明確な目的があり、それを選手が完全にマスターするまで、徹底してやらせるのである。
こんなことがあった。96年の早稲田大学と関西学院の定期戦が大阪・長い陸上競技場であり、超OB戦は八重樫、川淵、宮本といった還暦前後の人たちばかりのゲームだった。どのメンバーも似たような年齢であり、かつての名選手も大きく息を弾ませながらも、若いころを思い出しながら楽しそうだった。だが、正確なロングキックでサイドチェンジできたのは、東京、メキシコオリンピックの経験者だけだった。クラマーに徹底した基本をたたき込まれた選手たちは、30年経過しても正確なキックと、戦況判断が的確である。基本の技術が完全に身についていると、何歳になっても体が覚えていて反応するのである。
加藤栄二『サッカーと対峙した男 八重樫茂生』三一書房、1998年、143、144、145頁
クラマー流のサッカーというのは、いわゆる基本に忠実なサッカーでした。練習方法そのものは非常に単純で、われわれはたとえば「インサイドキックだけ」、「ヘディングだけ」、「ワンタッチコントロールだけ」といったことを明けても暮れてもやらされました。が、これが案外新鮮で楽しいのです。クラマーさんは基本の反復を通して、われわれに「技のポイント」だとか、「戦術的な理論」というものを折りにふれ説明してくれました。もちろん通訳を介しての説明ですが、ものすごく説得力があり、感銘を受けました。
勝沢要『イレブンよ熱き大地を駆けろ 』テレハウス、1986年、103、104頁
海外と日本の指導の比較
昔の日本の選手達の基本練習でのその精度に対するこだわりは、海外の指導に通じるものがある。
「トレーニングメニューは、普段私たちが日本で行っていることとほとんど変わりません。初日は、選手各自にリフティングや基本的なドリブルを行わせ、技術レベルを見極めながら実力にあったトレーニングを行っていく、という感じです。ただ、大きな違いとして感じたことは、一つひとつのプレーに対する要求が厳しい、ということです。日本だったら『ちょっとくらいミスしたが、このくらいでいいだろう』とすませてしまうような部分も、完全にできるまで行っていました。『パスを相手の右足に出せ』というテーマなら、きちんと右の足元にボールがいくまで何回でも、同じ練習を繰り返します。センタリングがきちんと頭に合うまで、10回でも20回でも繰り返しました。ドリブル練習のときには、コースの取り方、体の入れ方、そして手の使い方まで、細かい部分までアドバイスしてくれます。パリ周辺からエリートを集めたINFでは、基礎の部分から徹底的に作りなおしている、という印象を受けました」
「FC邑楽ジュニアユースがフランスサッカー学院でトレーニング」『サッカークリニック』2002年8月号、100頁
育成年代の技術的な面で感じたのは、国によってもちろん考え方は違うけれど、イタリアなどでは基本技術の「OK」が出る基準みたいなのが高い。これが日本では「早い」と感じられる。小学生のときに県の選抜に入っていたような選手がいて、インステップでしっかりとボールを蹴れる。そうすると、「この子に教えることはない。だから次のステップに行こう」となってしまうことが多いのではないか。でも、そこでボールをあと10メートル遠くまで蹴るとなったときに、しっかり狙い通り蹴れるのか。厳しいプレスの中で、またはボールを動かしながらでも、しっかりと蹴れるのか。いろいろなキックの種類でそれが蹴れるのか。または、ミニゲームではうまい選手でも、それがハーフコート、フルコートとエリアが広がっていく中でそれに見合った技術が使えるのか。そういったところを疑うのではないけど、日本の指導者は「うまい」という基準にばらつきがあるし、もっと高くしていったほうがいい。サッカーではボールをしっかり蹴れるか、止められるかということがすべてといってもいいのだから。イタリアの育成年代は、とにかく基本練習を徹底的に行なっている。反復練習というのはすごく単調だけど、それをすごく大事にしている。ローマの育成年代のトレーニングを日本の指導者が見たら、多分ノートをとらないと思う(笑)。あまりに基本的なことをやっているから。
トップチームでもベーシックなトレーニングをよく行なう。中でもインサイドキックの練習は多くのチームで目にした。ミランでは、チーム力がピークにあった90年代の一時期でも、主力選手が2人で向かい合った状態で間隔を変化させながら、距離に合わせて強弱をつけたインサイドキックをダイレクトで長い間やっていた。ユーベやローマでも4人で長方形になって、ダイレクトでパスしているのを目にした。パススピードが非常に速かったが、それを浮かさずにダイレクトでさばいていたのはさすがだった。神戸の監督時代に、それを選手にやらせたんだけど、技術が高いと言われている若い選手でもすぐにボールを浮かせてしまった。
イタリアではトップでもやっているベーシックなトレーニングを育成年代にも生かしている。日本だったらそうはならないだろう。強いといわれるチームだと、「コンパクトな戦術」だとかそういうことをやっている。基本が大事だと分かっている指導者がほとんどだと思うけど、実際にそれを徹底してやらせている人は多くないと思う。実際に「うまい」と言われている育成年代の選手でも、本当にそうなのか。簡単に評価しないで、ハードルを高くしてプレーさせることも必要だろう。だから早い段階で「うまい」と言わないほうがいい(笑)。
「川勝良一氏が語るイタリアサッカーの育成」『サッカークリニック』2004年4月号、42頁
日本の試合ではあまりにもミスパスが目立ちすぎる。なぜミスパスが多く起こるかといえば、単純にパスのトレーニングが不足しているからだ。もっと難しいトレーニングばかりしたがるからだ。ロングパスやヒールキック、ボレーシュートなどのトレーニングをしたがるからだ。
また日本の選手には2回か3回やってみて成功すると、もう満足して練習をしなくなるところがある。指導者も同じで、選手に2回か3回やらせてみてうまくいくと、もうこの選手はその技術をマスターしたと思ってしまう面がある。だからこそ執拗に教え込む監督が必要なのだ。
もしセンタリングの練習をやっていて、10本のうち6本か7本しかうまくいかなかったら、私は怒り狂う。練習中に繰り返し注意したミスをさらに試合で見せたら、私の怒りはほとんど収まらないレベルに達する。だがこの国ではミスをしても何も言われない。指導者は選手に対してもっとプレッシャーをかけ、執拗に修正を迫らなければならない。
ドゥンガ『セレソン』NHK出版、1998年、49、152、154頁
スペイン、韓国よりインサイドキックが下手な日本
「こっちでやってみて、それでJリーグ見ると全然違うよね。個人の技術とか、Jリーグの方がうまいと思う。でも試合となると、こっちはスピードが速い。試合前にグラウンドの芝を濡らしているじゃないですか。そのせいでパススピードの差が出てきたりというのもあるかもしれないけど。オレはしょっちゅう『マジョルカはヘタクソだ』とか、『弱い』とか言ってるけど、試合になると違いますね。技術だけだったら、日本の方が勝っているけど、総合力が違うというか。(リーガ・エスパニョーラの選手方が)体が強いし。後はインサイドキックとかこっちの選手はうまいっすね。たぶん、ちっちゃいころから荒れたグラウンドでやっているから身につくのかな。日本は小さいころからきれ〜いに整備されたグラウンドでしかやっていないから、そういう技は身につかない」
山本美智子「大久保嘉人 準備は、完全にできている」『スポルティーバ』、2006年2月号、54頁
何度も韓国代表と試合をしてきたオレに言わせると、韓国の選手というのはまず基本に忠実なプレーをするのが特徴だ。具体的に言うと、インサイドキック。これは間違いなく日本の選手より正確で強いパスが出せる。インサイドキックというのは、初心者が最初に習うキックの基本形だが、韓国ではそれを徹底して繰り返し繰り返し練習している感じがする。それはもう、飛び抜けて正確だもの。
都並敏史『都並敏史の世界を削った男たち』ザ・マサダ、1998年、174頁
韓国人の選手はうちにいるからよくわかるんだけど、彼らフィジカルとか基本技術とかはね、日本人よりすごい。ところが試合のなかでの閃きとか、ボールのないときのアイディアとか、そういう点では日本人のほうに優れているやつがいっぱいいる。
「岡田武史 3季連続優勝で見えた、真の常勝チームへの経路」『サッカー批評』issue24、2004年、15頁
日本は都並の現役時代から、今にいたっても、基本技術で韓国より劣っているようだ。
基本練習を徹底的にやらす外国人指導者
クラマー以降の外国人指導者も日本の選手に基本練習を徹底的にやらしている。
サッカーの場合で言えば、どれほど神ワザのようなプレーも、結局のところ基礎の応用にしかすぎない。アルシンドやディアスが、得点感覚にすぐれているのは、味方からのパスを正確にトラップし、正確に足に当てる基礎的な技術がしっかりしているだけの話である。私は、どんな体勢からでもボールをインサイドやアウトサイドで正確に蹴り出すことができる。その技術があるから、自信を持ってボールキープできるし、敵の裏をかいてスルーパスを通すことができるのである。基礎がしっかりできていなければ、スーパープレーは生まれないのだ。
だから、私はアントラーズの選手たちに徹底的に基礎練習をやらせた。相手の足元に正確にパスをさせたり、正確に足の思ったとおりの場所に当てる練習である。サッカーをはじめたばかりの人間にやらせるような練習だが、つまらないことのようでも、この技術をきちんと身につけることが、選手の技術力を上げ、自信を培っていくのである。この基礎練習は、やってやり過ぎるということはない。
ジーコ『ジーコのリーダー論』ごま書房、1993年、118、119頁
練習メニュー。オフトは、パス、トラップ、シュートとサッカーの基礎的な練習を繰り返させた。不満だった。「もっとゲーム形式の練習がしたい。実戦に近いほうが、身になるのも多いはず」
佐藤栄介「三浦知良 あのとき、僕は若かった。」『月刊バーサス』2005年12月号、42頁
基本練習を徹底してやるのは、ある程度の年齢になってから
今の若い日本の選手は、昔に比べて基本ができていない。だったら、「基本練習をもっと徹底してやるべきだ」と思う人は多いだろう。基本練習を徹底的にやるのは、ある程度の年齢(中学生年代くらい)になってからでいい。
小学生年代では、基本練習ばかりではいけない。小学生年代は、もっともリスクを冒していい年代。リスクのあるプレーをしないと、選手の伸びしろは大きくならない。ドリブル重視でトリッキーなプレーをどんどんすべき。
外国のサッカー少年はサッカーが好きで好きで仕方がないという子供が多い。対して日本のサッカー少年は、なんとなくサッカーが好きという程度。なんとなくサッカーが好き程度の日本のサッカー少年が、単調なことの反復であることが多い基本練習ばかりでは、サッカーをすごく好きになることは難しい。
基本の精度を上げるには
日本人は、今も昔も、指導者も選手も、外国人の目から見れば基本ができていないのに、基本ができていると思い込む傾向があるようだ。だから、日本サッカーの指導者、選手は、基本ができていないという自覚がない人が多い。その自覚がなければレベルアップなどできるはずがない。まず、基本ができていないことを自覚させることからやらなければいかないだろう。
指導者は選手がより高いレベルを目指す意識を持たす。選手は指導者に言われなくても、より高いレベルを目指す意識を持つ。そして、凡ミスは恥ずかしい、という雰囲気が練習になければならない。
寺西さんのおかげで何が変わったのか、それを語る前に寺西さんの横顔に触れたい。この方はかって八幡製鉄、今の新日鉄八幡の監督をされていたことがあり、天皇杯優勝に導いた名将である。八幡製鉄は、まだ、古河、三菱、東洋工業などが台頭する前の時代に全盛をきわめていたチームで、今のJリーグの前身である日本リーグ時代、その前の全国社会人サッカーの時代に優勝や準優勝を遂げる素晴らしい実績を持っていた。何人もの日本代表プレーヤーも輩出した。寺西さんは監督としてはもちろん、昔は選手としても活躍されていた。
寺西さんが週一回、東福岡のグラウンドに来ることになった。そして指導の違いをまざまざと見せつけられた。私は自分の未熟さを自覚するばかりだった。私とは何が違うのか、要求の質が違った。パスひとつに対して求めるものに差があった。当時の私はパスは相手にきちんと通ればそれでいいと思っていた。ところが寺西さんの要求は違う。パスを出す時、相手の足のどちらに出すかはっきりさせる。相手の右足に出せば、もらった側は右足でボールを止めて、左足で蹴ることができる。相手のどちらの足にパスを出せば、もらった方は次にスムーズにプレーできるか、パスを出すときはそこまで考えなくてはいけない、寺西さんの要求はそういうことだ。初めて、その指導を見たときはショックを受けたものだ。ダメなの? ちゃんとパスが通ればいいんじゃないの? 寺西さんに言わせるとダメであった。基本技術を習得するのに妥協してはいけない。この姿勢は以後指導の鉄則になった。優れた プレーヤーと凡庸なプレーヤーの差は、基本技術の質が違う。ワールドカップに出るようなプレーヤーを見ているとよくわかる。基本技術がしっかりしている。ボールを止める、蹴る、運ぶ。同じことをやってもそうしたプレーヤーは違う。精度が高いというか、正確というか、そこが凡庸なプレーヤーとの差だ。今でこそJリーグではそういう要求をしっかり行っているが、当時そんなことを教える指導者は日本にはあまりいなかったのではなかろうか。日本の指導者は外国の指導者と比べて、あまりにアバウトだ。それを思い知らされた。
志波芳則『勝つために何をしたか』日刊スポーツ出版社、1999年、123頁
寺西忠成氏については読売新聞のこの記事が詳しい。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/sports/tetujin/soccer/te_so_040419.htm
今、ユースチームの重点として取り組んでいるのは何なのだろうか。
「コントロール、です。ボールを止める、パスする、それから精神面、私生活などすべて含めたうえでのコントロールですね」
つまり、グラウンドの上では「止める、パスをする」が練習の柱になっているという。
「ですから、うちじゃしっかり止める、思ったところに思うようにけれる、という練習ばっかりです」
狙ったところに思うようにけれること。それが30メートル、40メートル先であってもちゃんとやらなければ、という。
「それができなければどこにいったってこれからのサッカーには対応できないし、また中途半端に終わってしまいますから」
止める、ける━この能力をあげるにはどんな練習をするのだろう。
「反復練習しかないと思います。練習するしか巧くなれないと思いますから」
上野山監督はきっぱりいう。では1日の練習でどのくらい時間をさいているのか。
「1時間くらいです」
通常の練習時間帯は午後6時半から8時半。約その2分の1に当たる。反復練習。それは変化に乏しく、地道な努力を積み重ねなければならない。これは現代っ子にはとかく敬遠されがちな内容だろう。そこのところはどういう手綱を取っているのだろうか。
「最初は確かにいやがってましたけどね。こんなの小学生じゃあるまいし、なんてことで。そこで3、4メートルの距離をとってやらせてみたんです。きちんとほんとにできるのかどうか。そしたらなんとなくはできてもすべてがビシバシとは決まらない。そこで私が、ほらダメじゃないか、っていうと、はじめて彼らは納得するわけですよ」田中館哲彦「有力チーム練習ルポ ガンバ大阪」『サッカークリニック』1996年6月号、83頁
ここ3年ほどは、高校選手権の予選の前に、オランダ代表やアヤックスなどで指導経験があるオランダ人コーチを招き、チームの仕上げの段階を見てもらっている。そこで感じるのは、微妙な部分に対するこだわりの差だ。たとえば、1本のパスを出すにしても、「こういう状況では右足でけるべきだ」「この場合は左足でけるべきだ」ということを、シビアに追求する。ポスト役のFWにくさびのボールを入れる練習でも、相手DFの位置の違いによって、「この状況ではFWの右足にボールを入れる」「この状況では左足に入れる」ということを、決して曖昧にしない。そのため、表面上はごく普通のパス練習であったり、センタリングの練習なのだが、要求される精度はかなり違ってくる。そのオランダ人コーチは、ジュビロ磐田のヴァンズワムの代理人のような仕事もしているので、Jリーグについても詳しい。彼やヴァンズワムにいわせると、Jリーグのトップ選手でもいまだに、“ただ漠然とパスを出す”ことが多いということだ。「オランダでは中学生の年代からそういう部分をちゃんと意識してプレーするよう指導されている」と彼らは語っている。
「藤枝東高サッカー部服部康雄監督に聞く パスサッカーへの取り組み」『サッカークリニック』2003年6月号、37、38頁
より高いレベルを目指す意識を持ち、練習をした選手。
彼とのエピソードとして、いくつかあげるならば、私が監督に就任してから、中田とコミュニケーションをとるために、練習後いっしょにボールをけり合うことがあった。いわゆる個人トレーニングに付き合ったわけだが、そんなときでも彼は、「もっと強いボールを出してくれないと、ボールコントロールの練習にならない」と、いろいろなことを要求してきたのだ。どういうパスがきて、どういうコントロールをすればいいのか、したいのか、とつねに自分なりにイメージしながら練習していた。その意識の高さに驚かされた。私は日ごろからボールをけっているわけではないので、すべて要求どおりにはいかず、おかげでヒザを壊してしまったのだが…。シュート練習にしても、明確なイメージがあって、ただゴールにはいっただけでは満足しなかった。そういう一つひとつの目的意識がとにかく高い選手なのだ。だから、試合も、勝つだけでは納得しなかった。結果と同時に、結果を引き出す過程を重視し、勝っても内容がよくなければ、「つまらない」というようなところがあった。
「植木繁晴前ベルマーレ平塚監督に聞く 中田英寿の成長、飛躍」『サッカークリニック』1999年3月号、7頁
毎日指導するようになった芳賀は、やがて中村の取り組み方に驚嘆した。「なにしろ“リアリティー”を持っている。それが一番ですね。たとえば、きれいにミドルシュートが決まっても、ワンランク上のGKだったら止められてたといって、納得しないんです。こんなところにトラップしてたら絶対に取られてる、とか。練習を練習にとどめないで、つねに実戦のイメージをもっていた。それも、より高いレベル(の試合)を想定してるんです。技術の高さや努力家という部分もそうですが、イメージする習慣、イメージ力を持っている点で、他の選手より突出していたかもしれません」
藤沼正明「キミもシュンスケになれる」『スポーツ・グラフィックナンバー』2004年4月29日号、46頁
逆に指導者に口酸っぱく言われても改善できない選手。
「例えば、われわれのときには八重樫(茂生)さんという先輩がいました。私と8つ違いです。もう、メルボルン、東京、メキシコと、日本のサッカーの選手で3つのオリンピックに出たのはこの人だけですよ。で、ぼくらが代表に入った若いときに、2人でボールを蹴らしてもらって、サイドキックをやるじゃないですか。1メートルずれても、取ってくれませんよ。取ってこい、って言って、絶対動かなかったですから。そのぐらい、厳しいものを要求されました。いまの選手ってのは1メートルずれても、いろんな処理ができるから、そういうところがね、甘さになっちゃってるわけですよね。だからサッカーの本筋っていうのを知らないわけですよ。このボールを受けた選手が、このボールによって何をしたいかということを理解してパスを出してあげないと。
適当なやつはやっぱり適当ですよ、パスでも。正確に気配りしてやれ、受ける側の人間も困るだろう、って毎日練習のときに言っても、まだ分からない。そういうスポーツなんですよ、サッカーというのはね。自己表現というものができるスポーツだからこそ、自分以外の選手10人の特技、一番いいものを知ってあげる。それから、短所というものも知ってあげることが必要。一番いいプレーをさせてあげる努力をすると、今度はほかの10人から自分が一番いいプレーをさせてもらえるボールが来るんですよ。そういうものがなかったらプロじゃないし、サッカーの面白さはそこだと思いますものね」
メキシコからJリーグへ 松本育夫(第2回)
日本のサッカー、そして現代サッカー(2/2)
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/athens/column/200408/at00001711.html



